楽譜に記されたsempreを単なる記号として読み飛ばした瞬間、演奏全体の説得力は劇的に失われます。その最たる例が、ベートーヴェンやブラームスなどの中期・後期作品に見られるオーケストレーションやピアノソナタです。音楽評論家や審査員が「演奏が平坦で緊張感が途切れた」と指摘する箇所の多くに、この指示の見落としが関係しています。
なぜ見落とすと演奏が一変してしまうのか。その真相は、音楽用語sempreの演奏効果と理由を音響物理の観点から分析すると明白になります。たとえば激しいクレッシェンドの後に現れる弱音の連続や、跳躍を伴うスタッカート地帯では、演奏者の身体にかかる負荷が極めて高くなります。意識を強く張り巡らせていない限り、弱音は徐々に大きくなり、スタッカートは徐々にテヌートへとだらしなく流れていきます。
作曲家は楽譜を視覚的に整理するため、すべての音符に点(スタッカート)や強弱記号を付け続けることを避け、sempreという一言にその役割を集約させました。つまり、この1語の裏には「数十小節にわたる膨大な音符すべてに記号が付いているのと同等の拘束力」が存在します。これを見落とすことは、数十個の演奏指示をまとめて無視することと全く同義なのです。