『枕草子』の執筆者である清少納言が、一条天皇の皇后(中宮)である藤原定子に出仕したのは正暦4年(993年)冬、清少納言が20代後半の頃とされています。当時の宮廷サロンは当代一流の貴族や才女が集う華やかな社交場であり、地方官の娘であった清少納言にとって、雲の上の存在である定子の前へ出ることは想像を絶する重圧でした。
この章段には、定子の兄である藤原伊周(内大臣)をはじめとする高官たちも登場します。彼らが定子の御前に現れた際、あまりの身分の高さと洗練された空気に圧倒され、御簾(みす)の奥へと逃げ惑う清少納言の姿は、後の自信に満ちた鋭い筆致とは対照的であり、本章段の大きな魅力となっています。
作品を深く読み解くためには、「至高の美と教養を持つ中宮定子」と、「初出仕で極度の恥ずかしさと緊張に震える清少納言」という対比関係を頭に入れておくことが不可欠です。