地方の公立博物館といえば、精巧に作られたプラスチック製模型(レプリカ)が展示されているのが一般的な常識だ。だが、石川県羽咋市 宇宙科学博物館であるコスモアイル羽咋の展示フロアに並ぶ機体の多くは、実際に宇宙空間へ投入された実機、あるいは過酷な宇宙環境に耐えうるよう全く同一の素材・工程で製造されたフライトスペア(予備機)である。
この前代未聞のコレクションが羽咋に集積した背景には、コスモアイル羽咋 本物の宇宙船 理由の核心となるキーマン、元羽咋市役所職員・高野誠鮮(たかのじょうせん)氏の存在がある。1980年代後半から1990年代初頭にかけて、過疎化に悩む羽咋市の地域振興を担っていた高野氏は、並外れた行動力と国際交渉力を発揮した。
決定的な契機となったのが、1991年末のソビエト連邦崩壊である。超大国の解体に伴い、ロシアの宇宙研究機関や軍需工場は深刻な財政難に陥り、貴重な宇宙機材や保管資料が外貨獲得のために放出される事態が発生していた。当時の関係者の証言によると、高野氏はツテを頼りに単身モスクワへ飛び、旧ソ連の宇宙開発を主導してきた要人たちと直接面会。粘り強い交渉の末、本来であれば国家機密として国外不出であったはずの機体を、羽咋市への貸与・譲渡という形で取り付けることに成功した。
その筆頭が、展示室の中央で異彩を放つコスモアイル羽咋 ヴォストーク帰還用宇宙カプセル(実機)である。ユーリ・ガガーリンが人類初の有人宇宙飛行を達成した同型機であり、実際に地球周回軌道から秒速約8キロメートルで大気圏へ再突入した本物だ。球体の表面を覆う耐熱材は高熱で黒く焼け焦げ、激しいアブレーション(融除)の痕跡が生々しく刻まれている。ガラスケース越しではなく、金属が熱変性した匂いさえ漂ってきそうな至近距離で目撃できる臨場感は、スミソニアン博物館やモスクワの宇宙飛行士記念博物館にも引けを取らない。
さらに高野氏はアメリカのNASAへもアプローチをかけ、議会の公聴会や関係部署との交渉を突破。宇宙開発競争で激しくしのぎを削った米ソ双方の正規機材が、同一の空間に整然と展示されるという、世界中を見渡しても極めて稀有な奇跡の空間が完成したのである。