混声三部合唱曲『時を越えて』の生みの親である栂野知子(つがの ともこ)氏は、長年にわたり公立中学校で音楽科教諭を務めてきた指導者であり、現場の生徒たちの心理を知り尽くした作曲家です。
教育現場の記録や当時の音楽教育誌における手記によると、栂野氏がこの楽曲を生み出した背景には、多感な思春期を過ごす中学生たちが抱える特有の孤独感や、自己肯定感の揺らぎに対する強い祈りがありました。家庭環境や友人関係に悩み、自らの存在意義を見失いそうになる生徒たちと日々教壇で向き合う中で、「人は決して一人で生まれてきたのではなく、数え切れないほどの過去の命の繋がりがあって今ここにいる」という厳然たる事実を、合唱を通じて体感してほしいという切実な想いが楽曲の原点となっています。
教育関係者の証言によれば、栂野氏自身が「音楽の授業や合唱活動を通じて、生徒たちが自分自身の存在をかけがえのないものとして肯定できるように」と語った言葉が残されています。難解な音楽理論を振りかざすのではなく、生徒たちの等身大の心情に寄り添う親しみやすい旋律と、歌い込むほどに意味が染み渡る言葉選び。現場のリアルな教育的観察から生まれたからこそ、『時を越えて』は机上の楽曲にはない圧倒的な熱量を帯びているのです。