創業者・木村安兵衛の経歴は、異色という言葉だけでは片付けられないほどの波乱に満ちていました。もともと安兵衛は下級武士(常陸国河内郡長竿村の郷士出身)であり、幕末の動乱期には江戸の砲兵隊などに勤務していた武芸百般の人物でした。
しかし、明治維新によって武士の特権階級は崩壊。職を失った安兵衛は、明治政府の職業訓練施設である「授産所」の取締役に就任します。そこで運命的な出会いを果たしたのが、長崎でオランダ人から製パン技術を学んでいたパン職人でした。
「これからは西洋の時代が来る。日本人の身体を大きくするにはパンが必要だ」と直感した安兵衛は、1869年(明治2年)、50歳を過ぎてから新橋近くの芝日蔭町に「文英堂」を創業しました。しかし、翌年に火災で店舗を焼失。失意のなか京橋区尾張町(現在の銀座)へ移転し、屋号を「木村屋」へと改名して再起を図ることになります。