長谷川雅紀(1971年7月30日生まれ、北海道札幌市出身)の歩みは、日本の芸能界でも類を見ないほどの波乱に満ちています。北海道札幌北陵高等学校を卒業後、専門学校へ進学するも中退。地元・札幌の吉本興業(札幌吉本)からキャリアをスタートさせ、後に上京しました。
しかし、東京での生活は困窮を極めました。当時の手記やインタビューで語られたエピソードは凄まじく、真冬の寒さをしのぐために「信号の明かりで暖をとろうとした」「空腹のあまり納豆を水で洗って食べた」「牛丼チェーンの紅生姜で飢えを凌いだ」といった規格外の貧乏エピソードが数多く残されています。故郷で居酒屋を営んでいた母親・幸子さんをはじめとする実家の支えを受けながらも、借金と日雇いアルバイトに追われる日々が40代半ばまで続きました。