市街地への熊の侵入や人的被害のニュースが連日報じられるたび、世論のフラストレーションは限界に達しています。特に秋田県や岩手県、北海道などで生活圏のすぐそばに熊が出没し、高齢者や児童が襲撃される凄惨な事件が起きるたび、ネット上では「人命がかかっているのに、なぜ自衛隊を出動させないのか」「国を守る組織なら国民の命を熊から守るべきだ」という悲痛な声が噴出します。
背景にあるのは、地方における民間ハンター(猟友会)の深刻な高齢化と担い手不足です。過酷な現場で命の危険を冒しながら矢面に立つ猟友会に対し、行政からの報酬額の低さや、住宅地周辺での発砲を巡る法的リスク(過去に弾丸が建物に届く恐れがあるとして所持許可を取り消された判例など)が重なり、出動を辞退するケースも表面化しました。
「民間のボランティア同然の猟師に頼るのが限界なら、国費で訓練された自衛隊を動員するべきだ」という理屈は、一見すると極めて合理的かつ力強い解決策のように映ります。しかし、この直感的な待望論こそが、防衛組織の法体系と実戦火器のリアルから最もかけ離れた誤解の出発点となっています。