2003年末からの長期療養を経て、2004年7月に宮内庁から正式に発表された病名が「適応障害」だった。当時、日本社会においては「うつ」や心の不調を公に口にすることは忌避されがちであり、精神的な不調は「甘え」や「自己管理不足」と捉えられる根強い偏見が存在していた。
一国の皇太子妃が自らの「心の発熱」を公表したインパクトは絶大だった。病を隠すのではなく、専門医の治療を受け、公務を休み、療養に専念する姿勢が明かされたことで、多くの国民が「誰もが直面し得る病」として捉え直すきっかけとなった。心理的ハードルが下がり、精神科や心療内科を受診する人が増えるなど、日本のメンタルヘルスに対する社会的理解を一気に推し進めたのである。