下田八幡神社の起源は、鎌倉時代末期の正応年間(1288年〜1293年)にまで遡ると伝えられています。神社の本殿裏山から発見された青銅製の「鰐口(わにぐち)」には、「応永6年(1399年)下田村若宮」の刻銘が明瞭に残されており、14世紀末にはすでにこの地に八幡宮本宮から御分霊を迎えた「若宮」が祀られていたことが歴史的資料によって実証されています。
主祭神には武運と国家鎮護の神である誉田別命(応神天皇)を祀り、相殿として荒ぶる災厄を祓い清める素戔嗚尊、日本の総氏神である天照皇大神が奉斎されています。中世から近世にかけては下田城主・小笠原氏の崇敬を集め、江戸時代に入ると江戸幕府直轄の天領・下田湊を治めた歴代の下田奉行や廻船問屋たちから、航海安全と商売繁盛の守護神として篤く信奉されました。
下田八幡神社が授けるご利益は、武運に端を発する「勝運・大願成就」にとどまりません。疫病退散・厄除招福を司る素戔嗚尊の神徳、さらには大洋を渡る船人たちを守り抜いてきた「海上安全・交通安全」など、現代を生きる人々の仕事運や生活基盤の安定に直結する強いご加護が宿る場所として重用されています。