2000年代以降の相撲史において、最も熾烈を極めたのが第12代および第15代理事長を務めた北の湖敏満と、平成の大横綱・貴乃花光司による権力闘争だ。「昭和の大横綱」として圧倒的なカリスマ性を誇った北の湖は、強固な集権体制を敷いて角界を掌握した。しかし、相次ぐ力士の不祥事や八百長問題が噴出すると、その独裁的な運営に強い批判が集まるようになった。
そこに反旗を翻したのが貴乃花だった。2010年の日本相撲協会理事選において、所属する二所ノ関一門の決定を破って無所属で立候補を強行。世に言う「貴の乱」である。旧態依然とした密室政治を打破し、開かれた組織への刷新を掲げた貴乃花は、若手親方層の支持を集めて当選を果たし、角界に巨大な地殻変動を起こした。
この対立構造は、監督官庁である文部科学省を巻き込んだ大騒動へと発展した。公益財団法人への移行を控える中、暴力根絶とコンプライアンスの徹底を迫る文部科学省の意向を背景に、両者の主導権争いは泥沼化。2015年に北の湖が急逝した後に行われた後継選では、北の湖の遺志を継ぐ八角信芳と改革派を率いる貴乃花が一騎打ちを展開した。結果は僅差で八角の勝利。敗れた貴乃花は次第に孤立を深め、やがて協会を去る結末を迎えた。