「飽和脂肪酸が多いチーズを食べると悪玉(LDL)コレステロールが激増する」という説は、現代の食品科学において大きな見直しが進んでいます。多くの臨床研究が示すのは、バターなどの他の乳脂肪源と比べ、チーズを摂取しても血中コレステロール値が上がりにくいという事実です。これは学術的にも「チーズ・パラドックス」と呼ばれています。
この現象の鍵を握るのが、チーズ特有の微細構造である「チーズ・マトリックス」です。チーズに含まれる豊富なカルシウムやペプチドは、腸管内で脂肪酸と結合して難溶性の石鹸様物質(不溶性カルシウム石鹸)を形成し、脂質の体内吸収を妨げて便とともに体外へ排出させます。
さらに、乳脂肪球を覆う「乳脂肪球皮膜(MFGM)」には、コレステロールの腸管吸収を直接阻害するスフィンゴミエリンなどのリン脂質が含まれています。飽和脂肪酸の数値だけを切り取って「危険」とみなすのは短絡的であり、チーズ全体としての複雑な栄養構造が、血中脂質の急変を抑える緩衝材として機能しています。