大相撲には「同部屋力士は本割(通常の取組)では対戦しない」という鉄則が存在します。そのため、同じ二子山部屋に所属する若貴兄弟が土俵上で相まみえる条件は、本場所15日間を終えて同星で並んだ際の「優勝決定戦」しかありませんでした。
その歴史的瞬間が訪れたのが、1995年(平成7年)11月場所です。12勝3敗で並んだ大関・若乃花と横綱・貴乃花による優勝決定戦が実現。実の兄弟による優勝決定戦は相撲史上で史上初の出来事であり、国技館は異様な緊張感と大歓声に包まれました。
立合い、低く踏み込んだ若乃花が左下手を引き、電光石火の「下手出し投げ」で貴乃花を土俵に這わせました。勝利した瞬間、若乃花が見せた鬼気迫る表情と、敗れて土俵下に落ちた貴乃花の呆然とした眼差しは、今なおファンの脳裏に焼き付いています。のちに若乃花(花田虎上氏)は自著や特別番組のインタビューで、「あの取組の前夜はプレッシャーで一睡もできなかった。弟というより、絶対的な横綱を倒すことだけを考えていた」と述懐しています。
その後、1998年(平成10年)5月場所後に若乃花が第66代横綱へ昇進。すでに第65代横綱として君臨していた貴乃花とともに、大相撲史上初となる「兄弟同時横綱」が誕生しました。土俵入りで兄が雲龍型、弟が不知火型を披露する姿は、二子山部屋と日本相撲界の絶頂期を象徴する光景となりました。