日日是好日を座右の銘に選ぶ際、最も警戒すべきは「毎日が楽しく平和な日であってほしい」という願望や、「嫌なことがあっても前向きに考えよう」という薄味のポジティブシンキングとして語ってしまうことです。多くの就活生がこの罠に陥り、採用側のベテラン面接官から「思慮が浅い」と見透かされてしまいます。
この言葉の日日是好日の正しい読み方には、主に「にちにちこれこうじつ」と「ひびこれこうじつ」の2通りが存在します。禅宗の寺院や法話では「にちにちこれこうじつ」と読まれるのが一般的ですが、茶席や日常会話、メディア表現では「ひびこれこうじつ」と読まれるケースも多く、どちらを用いても間違いではありません。ただし、面接の場では古典の由来を理解している証左として「にちにちこれこうじつ」と発音すると、知的で落ち着いた響きを与えられます。
歴史的な起源を辿ると、唐代末期の高名な禅僧 雲門文偃(うんもんぶんえん)の問答に行き着きます。禅宗の代表的な公案集である禅語 碧巌録の教え(第六則)に、その決定的なやり取りが記録されています。雲門は弟子たちに対し、「これまでの十五日間のことは問わない。これからの十五日間について、一言で言ってみよ」と迫りました。弟子たちが沈黙する中、雲門自らが放った一言こそが「日日是好日」でした。
この問答における日日是好日の本当の意味とは、「快晴の日もあれば、激しい風雨の日もある。思い通りに物事が進む幸運もあれば、身を引き裂かれるような挫折もある。しかし、訪れたその現実を良し悪しで分別せず、ありのまま受け止め、その日、その瞬間に己の全力を尽くすことこそが真の好日である」という境地です。快不快にとらわれず、起きた事象のすべてを自らの血肉に変えていく主体的な覚悟を指しており、表層的なプラス思考とは決定的に深みが異なります。
エッセイスト森下典子氏のロングセラーであり、映画化もされた名著『日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ―』(新潮文庫)のなかでも、茶道と日日是好日 森下典子氏の筆致を通してこの真髄が克明に描かれています。著者が20年以上にわたる茶道の稽古の中で、「雨の日は、雨を聴く。雪の日は、雪を見る。夏には夏の暑さを、冬には身を切る寒さを。どんな日もその日を味わう」という境地に達した過程は、思い通りにならない現実とどう対峙するかという普遍的な問いへの回答です。この哲理を正しく把握しているかどうかが、面接で言葉の重みを左右する分岐点となります。