『魅せられて』の歌詞において、聴き手に最も強烈なインパクトを与えるのが、サビで高らかに歌い上げられる「女は海」という言葉です。従来の歌謡曲で描かれてきた女性像の多くは、「愛する男性を待ちわびる」「別れを悲しみ耐え忍ぶ」「男性の色に染まる」といった受動的・従属的なニュアンスを色濃く帯びていました。しかし、作詞家の阿木燿子がこの楽曲に宿した女性像は、そうした旧来のステレオタイプを真っ向から覆すものでした。
「女は海 抱かれて揺れてるところへ 息をひそめて揺られて」と続くリリックでは、恋人の腕の中に抱かれながらも、その心は軽やかに境界を越え、遠くエーゲ海の彼方へと飛翔しています。男性の腕という限定的な空間に安住するのではなく、自分自身の内に果てしない「海」のような広がりと神秘性を湛えていることを示唆しているのです。当時の雑誌インタビューや回想録において阿木燿子は、女性が持つ多面性や、男性の所有物には決してなり得ない本質的な自由を言葉に託したと語っています。
歌詞の中盤に登場する「Wind is blowing from the Aegean」という英語のフレーズは、閉塞感を打破する異国の風を象徴しています。恋人の存在を慈しみつつも、精神の深奥では誰にも侵されない聖域を保持している——これこそが、阿木燿子が紡ぎ出した「罪深いほどに無垢で自立した女性の肖像」です。相手にすがるのではなく、自らが底知れぬ海となって相手を丸ごと包み込み、時には幻惑して翻弄する。この主体的なエロスと気高さの共存こそが、半世紀近くを経た現在も色あせない最大の引力となっています。