「手元に筆ペンがなかったから、黒のゲルインクボールペンで丁寧に書いた」。贈答相談の現場で極めて頻繁に見受けられる告白ですが、礼法上、のしの書き方においてボールペンは明確にマナー違反(NG)とみなされます。これは単なる形式美の押し付けではなく、歴史的背景と視覚心理学に基づいた明確な理由が存在します。
ボールペンや万年筆、極細のサインペンが敬遠される最大の理由は、その筆跡の細さに起因する「事務処理感」と「ぞんざいさ」にあります。のし紙は本来、奉書紙(ほうしょがみ)に毛筆で目録を書き添えていた武家社会の贈答儀礼が簡略化されたものです。ボールペン特有の硬く細い線は、契約書へのサインやメモ書きといった事務作業を強く連想させ、受取側に対して「手近にあったペンで片付けた」「急ごしらえで済ませた」という無言の軽視のメッセージを発信してしまいます。
慶事のお祝いでは、生き生きとした力強さと祝福の充実を表すため、漆黒の濃い墨を用いた筆ペン、または太めのサインペン(フェルトペン)を使用するのが大原則です。毛筆に不慣れな場合でも、文具店やコンビニエンスストアで入手できる慶事用の太字筆ペンを選べば問題ありません。逆に、薄墨(うすずみ)はお通夜や告別式、四十九日法要などの弔事において「悲しみの涙で墨が薄まった」という心情を表現するための道具であるため、結婚祝いや出産内祝いなどの慶事で薄墨を用いることは致命的な無作法となります。