韓国側は竹島(韓国名・独島)について、「歴史的、地理的、国際法的に自国固有の領土」であると位置づけている。大韓民国外交部の公式資料がその筆頭として挙げるのが、512年の新羅による「于山国(鬱陵島とその周辺)」の服属だ。『三国史記』や『新増東国輿地勝覧』などの古記録に登場する「于山島」こそが現在の独島であると主張し、朝鮮半島が古くからこの島を自領として認知・管理してきたと結論づけている。
1900年に大韓帝国が公布した「勅令第41号」も、韓国側の論理を支える重要な柱だ。この勅令によって鬱島郡の管轄区域に「石島」が含まれ、これが独島を指すという解釈が展開される。すなわち、1905年に日本が閣議決定を経て竹島を島根県へ編入するよりも前に、近代法的な統治を敷いていたという反論である。韓国にとってこの問題は、単なる領土の境界争いにとどまらず、日韓併合へと至る帝国主義の侵略プロセスそのものと重なり合っている。