神社の格式と序列を語る上で欠かせないのが、明治4年(1871年)の太政官布告によって制定された近代社格制度の歴史である。
明治政府は国家神道を推進するにあたり、全国の神社を国家管理のもとにピラミッド型の階級へ再編した。この制度において頂点に君臨したのが「官社(かんしゃ)」であり、さらにその中で官幣大社と国幣大社という厳格な区分が設けられた。
・官幣大社(かんぺいたいしゃ):皇室から祈年祭や新嘗祭に際して幣帛(へいはく:神への供物)が奉納される神社。明治神宮、熱田神宮、橿原神宮をはじめ、出雲大社や日吉大社などもここに列格した。
・国幣大社(こくへいたいしゃ):地方の国庫(地方官庁)から幣帛が奉納される神社。主に地方の有力な一の宮(気多大社や出羽神社など)が指定された。
ここで着目すべきは、近代社格制度の名称内に「官幣大社」と「大社」の語が含まれている点だ。当時の制度上、社格としての「官幣大社」と、固有の社号としての「神宮」「大社」は区別して運用されていた。官幣大社の中でも、天皇や皇祖を祀る社のみが固有の社号として「神宮」を名乗ることが許され、それ以外の社号とは明確な一線が引かれていた。