長谷川式認知症スケールを語る上で欠かせないのが、開発者である精神科医・長谷川和夫氏(1929–2021)の軌跡です。日本の老年精神医学のパイオニアであった同氏は、1974年に旧版を開発し、1991年に教育歴の影響を減らす等の大幅な改良を加えて現在の「HDS-R」を完成させました。
そして2017年、長谷川氏は88歳の時、自らが認知症(嗜好性・アルツハイマー型およびレビー小体型)を患っていることを公表し、国内外に大きな衝撃を与えました。開発者自身が当事者となり、その病態の変化を客観的かつ赤裸々に語り続けた記録は、医学界における極めて貴重な一次情報となっています。
公の場や自著、特番インタビューで長谷川氏は、次のような言葉を遺しています。
「認知症になっても、人としての心や感情は少しも変わらない。確かだった自分が揺らいでいく恐怖と闘いながら生きている」
「点数はその人の状態の『一部分』を切り取ったものに過ぎない。スケールの数字だけでその人の人生や人格を決めつけてはならない」
開発者本人が身をもって証明したのは、「スケールは認知症を暴いてラベルを貼るための道具ではなく、本人が何に困っているかを理解し、適切に支えるためのコンパスである」という本質でした。この視点は、現代のケア現場においても最大の倫理的指針となっています。