芸能界において「大物俳優の娘」という肩書は、新人にとって巨大なアドバンテージになり得ます。民放キー局のキャスティング会議でも、話題性を狙って二世タレントを起用するケースは枚挙にいとまがありません。しかし、趣里は自らのキャリアのスタート地点において、この特権を完全に放棄しました。
芸名を本名から姓を外した「趣里」のみとし、2011年のデビュー作である『3年B組金八先生ファイナル』のオーディションにも、両親の名前を一切書類に書かずに一般応募枠から挑戦しました。所属事務所となったトップコートの面接でも、血縁関係を武器にすることは一切拒絶しています。
なぜ彼女はそこまで徹底して二世であることを隠したのでしょうか。当時のインタビューや関係者の証言からは、2つの明確な理由が浮かび上がります。
第1の理由は、「自己の実力に対する冷徹なまでの厳しさ」です。バレエの世界で欧州の超一流たちと競い合い、実力の世界の残酷さを骨の髄まで知っていた趣里にとって、「誰かの力添えで手に入れた役」には何の価値もありませんでした。「もし役を勝ち取ったとしても、それが親の威光によるものなら、自分自身の存在意義を見失ってしまう」という強烈な恐怖心とプライドがあったと関係者は明かしています。
第2の理由は、「周囲の制作陣や共演者に気を遣わせたくないという配慮」です。大御所俳優・水谷豊の娘と分かれば、現場の監督や演出家が遠慮し、過酷なダメ出しや徹底的な演技指導をためらってしまう恐れがあります。本気で役者として生きていく覚悟を決めたからこそ、誰からも甘やかされない「最も過酷な現場環境」に自らの身を投じる必要があったのです。