音楽評論家の間でも長年議論されているのが、藤圭子と宇多田ヒカルの歌声比較です。昭和歌謡の頂点に立った『圭子の夢は夜ひらく』で見せた藤圭子の歌声は、地底から響くような深いハスキーボイスと、ドスの効いた低音の倍音、そして一切の媚びを排した冷徹な情念が特徴でした。
対する宇多田ヒカルは、デビュー曲『Automatic』で15歳にして本場のR&Bを完璧に咀嚼したグルーヴ感を提示し、日本中を震撼させました。ジャンルこそ「怨歌」と「ブラックミュージック」という対極に位置するように見えますが、音楽学者やサウンドエンジニアが両者の波形を解析すると、驚くべき共通項が浮かび上がります。
藤圭子と宇多田ヒカルが似てる理由の筆頭に挙げられるのが、「1/fゆらぎ」を帯びた独特のハスキーな倍音成分と、母音の後ろに滲む深い哀愁(メランコリー)のトーンです。言葉を音符に乗せる際、喉をわずかに絞って息を混ぜる発声技術や、切迫感を持ったブレスのタイミングは、意図して真似できるものではありません。骨格や声帯の身体的遺伝に加え、幼少期から母の生歌を至近距離で浴び続けたことによる無意識の調音模倣が、平成の最先端サウンドの中に昭和の情念を宿らせる奇跡を生み出しました。