ジブリ作品史上で最も知名度が高いセリフの一つである「飛ばねえ豚はただの豚だ」。この言葉は、賞金稼ぎとして暮らす飛行艇乗りポルコ・ロッソが、幼馴染でありホテル・アドリアーノの女主人であるマダム・ジーナとの電話口で呟いた一言です。
多くの人がこの言葉を「現状に甘んじるな」「特技や長所を生かして挑戦し続けろ」という自己啓発的な文脈で捉えがちですが、劇中の文脈を綿密に追うと、まったく異なる切実な感情が浮かび上がります。
かつてイタリア空軍のエースパイロット「マルコ・パゴット」大尉だった彼は、第一次世界大戦の激しい空戦によって、親友フェッラーリン以外の戦友たちをことごとく失いました。自分だけが奇跡的に生き残り、白い雲の平原の上を昇っていく戦友たちの霊を見送ったという凄惨な経験。このサバイバーズ・ギルト(生還者の罪悪感)こそが、彼が人間であることを捨て、豚の姿へと身をやつした決定的な理由でした。
ジーナは電話の向こうで、ポルコの身を案じるあまり「お願いだからこれ以上危険な空を飛ばないで」と懇願します。しかしポルコにとって、大空を飛ぶことだけが、命を落とした戦友たちへの贖罪であり、人間社会の薄汚い打算から切り離された純粋な領域でした。つまり、空を飛ばなくなってしまえば、自分はただの家畜のような肉塊に成り下がってしまう。「飛ぶことをやめるくらいなら、生きている意味がない」という、実存を懸けた痛切な叫びこそが、あのセリフの本当の重みなのです。