現在全国へと波及している早朝ラーメンですが、その源流を辿ると、日本の地域産業と深く結びついた二大聖地に辿り着きます。福島県喜多方市と、静岡県藤枝市を中心とする志太(しだ)地域です。
喜多方ラーメン朝ラー文化の歴史は、昭和の初期にまで遡ります。喜多方は古くから酒蔵や味噌蔵が多く、早朝から激しい肉体労働に従事する蔵人や農家が数多く暮らしていました。彼らが夜明けとともに仕事を終え、あるいは作業の合間に腹ごしらえをする場として、昭和7年創業の名店「坂内食堂」をはじめとする市内の食堂が朝7時頃から暖簾を掲げたのが始まりとされています。豚骨をベースにしながらも透き通った清湯スープと、手揉みの多加水熟成麺は、早朝の胃袋にも優しく染み渡る設計になっており、これが現在まで続く地域文化の骨格を作りました。
一方、静岡県の中部地方に根付く志太系朝ラーメン発祥の経緯は、茶業の街ならではの特殊な労働環境が産み落としたものです。日本有数の茶どころである藤枝や焼津では、新茶のシーズンになると茶の摘み取りや取引が午前3時〜4時の未明から行われます。取引を終えた茶農家や問屋の商人たちが、朝7時頃には仕事を終えて朝食を求めて集まりました。大正8年創業の「マルナカ」が彼らの要望に応えて早朝営業を始めたことが、志太系と呼ばれるスタイルの原型です。
志太系最大の特徴は、「温(あつ)」と「冷(ひや)」を一杯ずつセットで注文する独自の食法にあります。カツオ節やサバ節のダシを効かせた甘めの醤油スープに、脂肪分の少ないチャーシューを浮かべた温かいラーメンをまず啜り、その後にワサビと紅生姜を添えたキリリと冷たいラーメンで締める。この軽やかで清涼感あふれる構成こそが、早朝から重たさを感じさせずに二杯を平らげさせる計算された知恵なのです。