都市伝説のグロテスクな言説に覆い隠されてしまった「さっちゃん元ネタと由来」、そして「童謡さっちゃんの本当の意味」は、怪談とは対極にある温かくも切ない詩人の幼年期の記憶です。
作詞者である芥川賞作家・阪田寛夫氏(1925〜2005)は、数多くのエッセイや回顧録、対談の中で『サッちゃん』誕生の裏側を率直に明かしています。阪田氏の証言によると、サッちゃんのモデルとなったのは、彼が戦前、大阪市南部の阿倍野区・帝塚山近辺にあったキリスト教系の幼稚園(愛隣幼稚園)に通っていた頃、近所に住んでいた1歳年下の少女「阿川佐智子」さんです。
阪田少年はサッちゃんに淡い恋心を抱いていましたが、彼女はある日、突然遠くの街へ引っ越してしまいます。体の小さかったサッちゃん、バナナを丸ごと1本食べきれずにいつも半分残して困っていたサッちゃん、そして何も言えずに別れてしまった寂しさ。大人になった阪田氏が、作曲家の大中恩氏(阪田氏の従兄弟でもある)からNHKのラジオ番組『うたのおばさん』のための新しい童謡の作詞を依頼された際、遠い記憶の底から汲み上げたのが、あのノスタルジックな歌詞でした。
「とおくへ いっちゃうって ほんとかな」というフレーズは、死の予兆などではなく、子どもの世界における突然の別離――「引っ越し」に対する純粋で無力な戸惑いを描いたものに他なりません。本物の詩が持つ情感の深さこそが、怪談の余白として歪められてしまったことは、昭和歌謡史における最大の皮肉と言えるでしょう。