相続実務の最前線では、遺言書の存在が安心ではなく、家族崩壊の火種となった生々しい事例が連日のように報告されています。司法書士や相続専門弁護士への相談記録、法廷闘争に至った遺族の告白からは、制度の字面だけでは見えない現実が浮かび上がります。
大手法律事務所が取り扱った事例では、長年母親の在宅介護を一手に引き受けていた次男に対し、母親が感謝の気持ちから「全財産を次男に相続させる」という自筆証書遺言を遺したケースがありました。遺産は評価額4,000万円の自宅不動産と預金500万円。しかし、母の死後、ほとんど実家に寄り付かなかった長男と長女が即座に弁護士を立て、法定相続分に応じた遺留分侵害額請求を次男に突きつけました。
「母の介護を何年間も一人で抱え込み、仕事を辞めてまで看取ったのに、兄弟から『遺留分として1,125万円を今すぐ現金で支払え』と内容証明が届いた時の絶望感は言葉にできない」――。次男は後の紛争調停でこう述懐しています。預金500万円は母の葬儀費用や入院費の清算で消え、次男自身に数千万円単位の蓄えはなかったため、結局は母との思い出が詰まった実家を売却して金銭を工面せざるを得ませんでした。
司法統計によると、家庭裁判所に持ち込まれる遺産分割事件のうち、約75%は遺産総額5,000万円以下の一般家庭で発生しています。「うちは資産家ではないから争いなど起きない」「家族だから話し合えば分かり合える」という思い込みが、全財産遺言の落とし穴をさらに深めているのが実態です。