ネット上の旅行掲示板やSNSでは「広島空港は霧が出たらすぐ全便欠航になる」という書き込みが散見されますが、この噂は半分正しく、半分は過去の記憶に基づいた誤解です。真相を解き明かす鍵は、広島空港の特殊な地形と、世界最高峰の着陸誘導システム「CAT-IIIb(カテゴリー3b)」の運用実態にあります。
広島空港が所在する三原市本郷町善入寺は、標高約331メートルの高原地帯です。南側の瀬戸内海から湿った空気が山肌を這い上がって冷やされる「移流霧」や、盆地特有の夜間の放射冷却によって発生する「放射霧」が極めて滞留しやすい構造になっています。1993年の開港当初、広島空港はCAT-I規格にとどまっており、滑走路視程(RVR)が800メートルを下回ると着陸不能に陥り、年間数十便規模での欠航やダイバート(目的地変更)が常態化していました。
この致命的な弱点を克服すべく、2009年に導入されたのが計器着陸装置「CAT-IIIb」です。このシステムにより、滑走路視程(RVR)がわずか75メートルから100メートル程度まで低下しても、電波誘導による自動着陸が可能となりました。就航率は96%台から99%超へと劇的に改善され、「霧が出たら即アウト」という時代は終焉を迎えたのです。
しかし、なぜ現在でも「欠航・遅延の噂」が絶えないのでしょうか。取材によって浮き彫りになった主な理由は以下の3点です。
第1に、地上走行(タキシング)の限界です。上空からの着陸は電波誘導で成功しても、滑走路を離脱してスポット(搭乗口)へ向かう地上誘導路では、パイロットの肉眼による安全確認が必要となります。視界が極端に狭まると地上走行の速度を落とさざるを得ず、後続機の着陸間隔を広げる必要が生じ、玉突き的な「大幅遅延」が発生します。
第2に、機材とパイロットの資格要件です。CAT-IIIb進入を実施するには、航空機側に高度な計器システムが搭載されているだけでなく、操縦席のパイロット双方が所定の資格訓練を完了していなければなりません。国内大手航空会社の主力機は概ね対応しているものの、一部の地域路線や格安航空会社(LCC)、機材変更による非対応機の運用時には、着陸基準が引き上げられ、結果としてダイバートや羽田・成田・伊丹への引き返しが生じます。
第3に、風向きと滑走路運用の制約です。CAT-IIIbの精密進入装置は、主に西側からの進入(ランウェイ10)に対して整備されています。強い追い風など気象条件によって東側からの着陸を強いられた場合、要求される気象基準は一段と厳しくなり、着陸を見合わせざるを得ない事態が構造的に発生するのです。