ジムの現場で最も多く寄せられる相談が、「インクライン種目をやり込んでいるのに、鎖骨付近の筋肉が全く発達せず、肩関節の前側ばかりが痛む」という悩みです。スポーツ科学の知見やフィットネス現場での指導記録を精査すると、この現象には明確かつ解剖学的な裏付けが存在します。
まず、大胸筋に効かない理由の筆頭に挙げられるのが「ベンチ傾斜のつけすぎ」です。大胸筋上部(鎖骨部線維)は鎖骨の内側半分から腕の骨(上腕骨結節間溝)に向かって斜め下方に走行しています。筋電図(EMG)測定の比較検証データによると、シートの傾斜が30度を超えて45度前後に達した瞬間、主働筋の座は大胸筋上部から三角筋前部へと移行します。つまり、胸の上部を狙っているつもりで、実は単に重たいフロントレイズやショルダープレスを行っている状態に陥っているケースが後を絶ちません。
さらに深刻なのが、肩を痛める原因と真相です。大手フィットネスクラブで長年指導にあたるチーフトレーナーの聞き取り調査でも、「肩の違和感を訴える会員の9割以上が、バーを下ろす際に肘を外側へ張りすぎている」という証言が得られています。肩関節の外転角度が75〜80度を超えた状態でウェイトを深く押し込もうとすると、肩峰下腔(けんぽうかくう)と呼ばれるスペースが物理的に狭まり、棘上筋腱や滑液包が骨に挟み込まれる「肩峰下インピンジメント」を機械的に誘発します。
SNSや筋トレ掲示板では「ベンチプレスで肩を壊し、インクラインマシンに逃げたが余計に悪化した」という書き込みが後を絶ちません。マシンは軌道が固定されている分、自分の骨格や肩甲骨の可動性に合わないフォームで動作を反復した場合、関節の逃げ場が失われ、フリーウェイト以上にダイレクトに関節軟骨や腱板を破壊してしまう危険性を孕んでいます。