ロッキード事件の全体像を理解する上で外せないのが、発覚の端緒となったアメリカ上院外交委員会多国籍企業小委員会(通称:チャーチ委員会)の公聴会です。1976年2月、米航空機大手ロッキード社の副会長コーチャンらが、自社の大型旅客機「L-1011 トライスター」を世界各国へ売り込むため、巨額の秘密工作資金をばら撒いていた事実を証言しました。
その証言の中で、日本市場において政府高官や航空会社幹部に対し、総額約30億円(当時)もの不正資金が投入されていたことが白日の下にさらされたのです。当時の日本政府は三木武夫内閣。「クリーン三木」を掲げた首相は、真相究明を掲げて米側から資料を取り寄せ、東京地検特捜部による徹底捜査の火蓋が切られました。
事件は主に3つのルートに分かれて捜査が進められました。
- 丸紅ルート:ロッキード社の代理店である総合商社・丸紅の幹部を経由し、田中角栄元首相へ5億円が渡ったとされる本丸ルート。
- 全日空ルート:トライスターの購入決定をめぐり、全日本空輸の首脳陣や運輸官僚に工作資金が流れたルート。
- 児玉ルート:右翼の大物フィクサー・児玉誉士夫を通じて多額の工作資金が政財界へばら撒かれたルート。