マリリン・モンロー死因の真相|享年36歳の急死と謀殺説を暴く

マリリン・モンロー死因の真相|享年36歳の急死と謀殺説を暴く

マリリン・モンロー死因の真相|享年36歳の急死と謀殺説を暴くを徹底追究! 知っておきたい トピックの裏側を分かりやすく展開します。

1962年8月5日の朝、ロサンゼルス郡検視局の検視官トーマス・ノグチ医師によってマリリン・モンローの遺体解剖(検視解剖)が執刀されました。当時35歳だったノグチ医師は後に「クインシー」のモデルともなる高名な法医学者ですが、彼が作成した解剖報告書は世界中に大きな衝撃を与えることになります。

毒物検査の結果、彼女の血液からは8mg/dLの抱水クロラールおよび4.5mg/dLのネンブタール(ペントバルビタール)が検出されました。肝臓からも極めて高濃度のバルビツール酸系睡眠薬が確認され、これらは成人の致死量を大幅に上回る数値でした。検視局はこの科学的データに基づき、死因を「急性バルビツール酸中毒」と断定し、事件性を否定して「Probable Suicide(おそらく自殺)」と分類したのです。

しかし、法医学の観点から即座に複数の疑問符が投げかけられました。第一に、これほど大量の睡眠薬カプセル(推定40〜50錠)を経口摂取したにもかかわらず、胃や十二指腸内にカプセルの残骸や色素沈着が一切認められなかった点です。通常、短時間で大量の錠剤を飲み込んだ場合、胃粘膜に刺激痕や溶け残りが残ります。

第二に、遺体の消化管下部にうっ血が見られたことから、経口ではなく「注腸(浣腸)による投与」や「注射による直接投与」が行われた可能性が指摘された点です。ノグチ検視官自身も後に、さらなる精密検査のために採取した内臓組織サンプルが何者かによって破棄され、完全な追試が不可能になったと回想録で証言しています。この不可解な検視プロセスの不備が、今日まで続く疑惑の火種となりました。

橋本 菜々子
著者

橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。