時代劇というジャンルが地上波から姿を消しつつある時代にあっても、中村吉右衛門さん主演の『鬼平犯科帳』だけは別格の輝きを放ち続けています。その根底にあるのは、池波正太郎の原作に込められた「人間観」に対する徹底的なリスペクトと、吉右衛門さんが培ってきた歌舞伎の身体表現・台詞術の融合です。
池波正太郎は生前、「長谷川平蔵は、初代八代目松本幸四郎(後の初代松本白鸚)をイメージして書いた」と公言していました。1969年にNET(現・テレビ朝日)系で初代白鸚が平蔵を演じた後、池波は実の息子である吉右衛門さんに対し「いずれお前がやれよ」と直々に言葉を託したと伝えられています。1989年、満を持してフジテレビ系でスタートした吉右衛門版は、いわば原作者と名門・播磨屋の血統が交差した必然の配役でした。
吉右衛門さんが演じた平蔵の凄みは、「鬼」と呼ばれる苛烈な取締官の冷徹さと、罪人の生い立ちや心の弱さに寄り添う「仏」の包容力が同居していた点にあります。悪を断固として許さない抜刀の鋭利さを見せる一方で、市井の屋台で一本うどんをすすり、部下や密偵を温かい眼差しで見守る。その二面性が、重厚な台詞回しと立ち居振る舞いによって一切の破綻なく表現されていました。