徳姫は永禄2年(1559年)、織田信長の長女として尾張国で生を受けました。母は信長が深く寵愛したとされる生駒吉乃(異説あり)で、織田信忠や織田信雄とは同母の兄妹にあたります。美濃平定へと向かう信長にとって、背後の三河を治める徳川家康との強固な軍事同盟は不可欠でした。この「清洲同盟」をより盤石なものとするため、わずか5歳の徳姫と家康の嫡男・竹千代(後の松平信康)の婚約が結ばれます。
永禄10年(1567年)、徳姫はわずか9歳で岡崎城へと輿入れしました。形式的な政略結婚ではあったものの、若き夫の信康とは当初、平穏な夫婦仲を築いていたと伝えられています。天正4年(1576年)には長女・登久姫、その翌年には次女・熊姫を出産。順風満帆に見えた結婚生活でしたが、乱世の力関係と「男子の後継者が生まれない」というプレッシャーが、徐々に彼女を孤立させていきました。