人間が生命の危機を感じた瞬間に体が戦闘態勢へシフトする仕組みは、20世紀初頭にアメリカの生理学者ウォルター・キャノン(Walter Bradford Cannon)によって提唱されました。キャノンは動物が生死を分ける緊急事態に直面した際、自律神経系とホルモン分泌が瞬時に連動して「戦うか(Fight)、逃げるか(Flight)」の二者択一に備える生体恒常性(ホメオスタシス)の適応反応を発見しました。
このシステムが作動するプロセスは極めて高速です。視覚や聴覚から脅威の情報が入ると、大脳皮質で論理的に思考するよりも早く、情動を司る扁桃体(へんとうたい)が危険シグナルを発信します。その信号が視床下部を経由して交感神経系を瞬時に励起させ、副腎髄質からアドレナリンやノルアドレナリンを血中に大量放出させます。
さらに、HPA軸(視床下部-下垂体-副腎皮質系)が作動することで、代表的なストレスホルモンであるコルチゾールが分泌されます。これにより、血液中のグルコース濃度(血糖値)が引き上げられ、筋肉や主要器官へ瞬時にエネルギーを供給する体制が整います。意志の力で心拍を止められないのは、この原始的な生存プログラムが理性よりも優先して体をジャックするからです。