中谷美紀の女優人生を語る上で避けて通れない金字塔が、2006年公開の中島哲也監督作『嫌われ松子の一生』です。この作品で彼女が演じた川尻松子は、愛を求めるあまりに暴力を振るう男たちに依存し、ソープ嬢に身を落とし、果ては刑務所服役やゴミ屋敷での孤独死に至るという、あまりに過酷な運命を辿る女性でした。
劇中では、派手な衣装をまとったソープ嬢としての営業シーンや、男たちに翻弄され肉体を晒しながら泥沼を這い回るシーンなど、従来の清純派女優であれば完全に敬遠するようなシチュエーションが連続します。しかし、中谷美紀はこれらを単なるグロテスクな露出や哀れな転落劇として演じるのではなく、全身から迸るバイタリティとポップなミュージカル調の色彩の中に昇華させました。
撮影現場の過酷さは映画界でも伝説として語り継がれています。中島哲也監督からの妥協なき罵倒と執拗なリテイクの嵐に晒され、精神的に極限まで追い詰められた中谷美紀は、現場を一時離脱して降板を真剣に考えたほどでした。その壮絶な舞台裏は、彼女が自ら綴った執筆手記『嫌われ松子の一年』(幻冬舎文庫)に赤裸々に記録されています。
「自分の中のありとあらゆるプライドをへし折られ、ただの人形のように動かされた」という趣旨の告白が並ぶ同書ですが、その苦闘の末に完成した作品は、彼女に第30回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞をはじめとする国内の主要映画賞を総なめにする栄誉をもたらしました。身も心もボロボロになりながら演じ切った松子の姿は、「脱ぐか脱がないか」という低次元の議論を完全に吹き飛ばし、「日本屈指の演技派女優」という不動の評価を決定づけたのです。