本作の完成度を語る上で欠かせないのが、アニメーション史に残る日米の音響演出とキャスティングの手腕です。当時、ピクサー社内で敢行された音声収録プロセスの異例さと、日本国内におけるローカライズの成功事例は、メディア研究の観点からも極めて高い評価を得ています。
ブー役の声を担当した当時2歳児のメアリー・ギブス氏の収録風景は、まさにドキュメンタリーそのものでした。制作陣の手記やメイキング映像によると、幼児に台本を読ませることは不可能なため、ディレクターのピート・ドクター氏はマイク片手にスタジオ内を走り回る彼女を追いかけ回し、おもちゃで遊ぶ声、機嫌を損ねて泣き叫ぶ声、サリー役のジョン・グッドマン氏の声に反応して笑う声を何十時間分もサンプリングしてアニメーションに当てはめたと告白しています。この生の息遣いこそが、観客の保護本能を揺さぶるリアルな愛らしさの源泉となりました。
国内市場において異例の大成功を収めたのが、モンスターズインク 日本語吹き替え声優の采配です。サリー役に石塚英彦(ホンジャマカ)、マイク役に田中裕二(爆笑問題)という、芸能界の第一線で活躍していたお笑いタレントの起用が発表された当初、映画ファンの間では「話題先行のタレント吹き替えではないか」と懸念の声が噴出していました。ネット上の掲示板や映画評でも懐疑的な見方が大半を占めていたのです。
しかし劇場公開と同時にその評価は180度覆ることとなりました。石塚氏の温かく包み込むような低音と包容力、田中氏の天才的なテンポ感と高音でまくし立てるアドリブ劇は、原語版のジョン・グッドマンとビリー・クリスタルの掛け合いを凌駕するほどの親和性を発揮しました。ピクサー本社の音響監修チームからも「世界各国で行われたローカライズの中で、最もキャラクターの本質を捉えたデュオ」と公式に最大級の賛辞が送られています。現在もディズニー吹き替え史上の金字塔として支持され続けているのは周知の事実です。