田中理恵が日本体操界に残した足跡は、メダルの獲得数という数字だけでは測りきれない偉大なものでした。和歌山県出身の彼女は、父が体操クラブを開き、母も元選手という体操一家に生まれ育ちました。しかし、その競技人生は決して順風満帆なエリートコースではありませんでした。高校時代には左足の靭帯断裂という重傷を負い、一時は競技からの完全離脱を余儀なくされる挫折を経験しています。
彼女の才能が世界レベルで開花したのは、日本体育大学および同大学院へと進学した後のことでした。遅咲きの23歳で出場した2010年ロッテルダム世界選手権において、体操界に激震が走ります。難度(Dスコア)至上主義に傾斜していた国際舞台において、指先からつま先まで神経を行き届かせた優雅な演技が国際体操連盟(FIG)の心を打ち、日本人女子として史上初となる「ロンジン・エレガンス賞」を受賞したのです。この快挙は、技術偏重だった日本の女子体操に「表現力の価値」を再認識させる決定的な契機となりました。
そして迎えた2012年の全日本選手権個人総合で悲願の初優勝を果たし、名実ともにロンドンオリンピック体操女子代表のキャプテンに就任。同大会では兄の田中和仁、弟の田中佑典とともに、「田中3兄弟」が3人揃って五輪代表に選出されるという日本体操史上初の快挙を成し遂げました。ロンドン本番でも団体総合8位入賞、個人総合16位と堂々たる結果を残し、日本女子チームを精神的支柱として牽引した実績は、スポーツ史に残る輝かしいページです。