宮島咲良の基本プロフィールと学歴、キャリアの変遷を振り返ると、彼女が常に「自分の信じる道」を選択し続けてきたことがよく分かります。
東京都江戸川区出身の宮島咲良は、共立女子大学文芸学部を卒業後、2007年4月に福岡県のテレビ朝日系列局である九州朝日放送(KBC)にアナウンサーとして入社しました。地元・東京を離れての福岡生活でしたが、持ち前の明るさと高いアナウンス力で即戦力として重宝され、情報番組『アサデス。KBC』などを担当。福岡の朝の顔として瞬く間に高い知名度と人気を獲得しました。
しかし、入社からわずか3年後の2010年3月にKBCを電撃退社します。看板アナウンサーの突然の退局劇には当時さまざまな憶測が飛び交いました。
後に本人がインタビューやバラエティ番組で語ったKBC退社理由の核心は、大きく分けて2点あります。1つは、激務とプレッシャーの中で食生活や体調のバランスを崩し、心身の健康を取り戻す必要があったこと。もう1つは、「生まれ育った東京に戻り、幼少期から憧れ続けたアニメや特撮、エンタメの世界で表現者として勝負したい」という強い情熱でした。安定した地方局アナの椅子を手放し、厳しいフリーランスの世界へ飛び込んだ決断は、彼女の覚悟の強さを物語っています。