悲鳴嶼行冥という人物を象徴するのが、いつも数珠を手にして「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えながら大粒の涙を流す姿です。この涙は単なる感情の高ぶりではなく、彼の凄惨を極めた生い立ちと、子どもたちへの深すぎる愛情・悔恨から生まれています。
鬼殺隊に入る前、悲鳴嶼はある寺で身寄りのない9人の孤児たちを引き取り、貧しくとも家族のように慈しみながら暮らしていました。寺の周辺には鬼除けの藤の花の香炉を焚き、夜間の外出を禁じることで子どもたちの安全を厳格に守っていたのです。
しかしある夜、言いつけを破って夜遅くまで出歩いていた一人の子ども(後に上弦の陸となる獪岳)が鬼に遭遇します。獪岳は自身が助かるため、寺の藤の花の香炉を消し、鬼を寺の中へ引き入れるという最悪の裏切りを犯しました。
守ろうとした手とすれ違いの悲劇
鬼が侵入した瞬間、悲鳴嶼は子どもたちを守ろうと「私の後ろへ隠れなさい」と必死に叫びました。しかし、普段から目が不自由で痩せ細っていた悲鳴嶼の言葉を子どもたちは信じられず、パニックに陥って逃げ惑い、次々と鬼の爪にかかって命を落としてしまいます。
その中で唯一、一番幼い4歳の少女「沙代(さよ)」だけが悲鳴嶼の後ろにしがみついていました。「この子だけは絶対に死なせない」と覚悟を決めた悲鳴嶼は、自身も自覚していなかった怪力を無我夢中で発揮し、素手で鬼の頭部を朝まで殴り続けて叩き潰しました。
しかし夜が明けて駆けつけた村人たちに対し、極度の恐怖とショックで錯乱していた沙代は「あの人は化物、みんなあの人が殺した」と証言してしまいます。沙代が指した「あの人」とは鬼のことでしたが、現場に鬼の死骸はなく(日光で消滅したため)、血まみれの悲鳴嶼と子どもたちの遺体だけが残されていたため、村人たちは悲鳴嶼が子どもたちを虐殺したと誤認。悲鳴嶼は殺人犯として投獄され、処刑される寸前でお館様に救い出されたのでした。