順風満帆に見えた結婚生活でしたが、わずか4年半後の2009年4月、冨永愛さんは自身のブログを通じて離婚が成立したことを正式に発表しました。息子の親権は冨永さんが持ち、シングルマザーとして育てていく道を選んだのです。
離婚に至った決定的な要因について、当時は「多忙によるすれ違い」「経済的格差」「元夫からの嫉妬やモラハラ」など週刊誌を中心に様々な憶測が報じられました。しかし、冨永さんが後に上梓した自叙伝『愛なんて 大っ嫌い』や特番インタビューの告白を紐解くと、より根深い「夫婦間のパワーバランスの崩壊」と「ジェンダーロール(性別役割分担)の軋轢」が浮かび上がってきます。
世界を股にかけて巨額のギャランティを稼ぎ出し、トップスターとして脚光を浴び続ける妻と、異国で地道に修行を積む職人の夫。二人の間には、収入面だけでなく社会的知名度においても埋めがたいギャップが生じていきました。一部報道では、公のパーティーで冨永さんが注目を集めることに対する夫側の複雑な心理的葛藤や、家庭内での過剰な束縛があったとも伝えられています。
「このままではお互いが壊れてしまう」――そうした苦渋の決断の末、冨永さんは息子の将来と自身の尊厳を守るために離婚を決意。養育費の請求などをめぐる形式的な争奪戦に固執することなく、自らの稼ぎで息子を育てる覚悟を決め、単独で親権を引き取る選択を下しました。