本作の最大のハイライトであり、読者の議論が今なお紛糾し続けるのが、物語終盤に訪れる二重のドンデン返しです。手紙を読み終えた佳子が、自分が座っている椅子の中に怪物が潜んでいる恐怖に発狂寸前となり、書斎を飛び出して使用人に椅子を壊させようとした瞬間、郵便配達員が「もう一通の手紙」を届けてきます。
差し出し人は先ほどの手紙と同じ人物。そこには、背筋の凍るようなあっけらかんとした文面が記されていました。「突然の長文、驚かせてしまい申し訳ありません。あれは売れない作家である私が創作した短編小説の原稿であり、あなたの感想をいただきたくお送りした悪戯に過ぎません。題名は『人間椅子』と名付けました」という内容です。
このラストシーンの意味について、ネット上や文芸批評では主に3つの仮説が激しく対立しています。
乱歩の短編におけるトリック構造を精査すると、説B(逃走工作説)の信憑性が際立ちます。なぜなら、一通目の手紙に書かれた「佳子の身体の特徴」「座ったときの癖」「衣服の擦れる音」は、実際に椅子の内部で数ヶ月間密着していなければ知り得ない具体的すぎる情報ばかりだからです。二通目の手紙によって「創作だったのか」と一瞬安堵させつつ、男はすでに書斎から逃げ出し、どこかの街角で佳子の恐怖を嘲笑っている――これこそが乱歩が描こうとした真の暗黒面と言えます。