赤西仁ジャニーズ退所の真相と現在|電撃脱退の裏側と再集結の可能性

赤西仁ジャニーズ退所の真相と現在|電撃脱退の裏側と再集結の可能性

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赤西仁がジャニーズ事務所を離れるに至ったプロセスは、単一のトラブルではなく、音楽的志向の乖離とマネジメント規律との摩擦が積み重なった結果でした。ターニングポイントとなったのは2006年のロサンゼルス語学留学です。デビューシングル『Real Face』がミリオンセラーを記録し、人気が頂点に達していたわずか半年後に活動を突如休止した出来事は、彼自身の意識がすでに国内アイドルシーンの枠組みを飛び越えていたことを象徴していました。

帰国後に復帰を果たしたものの、赤西が目指す洋楽志向のサウンドメイクと、グループアイドルとしてのパブリックイメージには決定的な溝が生じ始めます。その結果、2010年7月にKAT-TUN脱退の真相として発表されたのは、ソロアーティストとしての海外挑戦への専念でした。同年秋には全米5都市を巡るツアーを敢行し、翌2011年にはワーナーミュージック・グループとグローバル契約を締結。『TEST DRIVE feat. JASON DERULO』が米iTunesダンスチャートで全米1位を獲得するなど、クリエイターとしての野心を着実に形にしていきました。

しかし、事務所上層部との関係を決定的に悪化させたのが、2012年2月に報じられた黒木メイサとの電撃結婚でした。事務所への事前報告がないまま入籍を発表した行為は、当時の芸能界における鉄の規律を破るものとみなされ、予定されていた全国アリーナツアーの中止や主演ドラマの降板など、厳しいペナルティが科される事態へと発展します。

約1年半に及ぶ実質的な活動休止処分を経て、2013年にシングル『HEY WHAT'S UP?』で活動を再開したものの、自身の表現を自由に発信したい赤西と、規律を最優先する事務所マネジメントとの擦り合わせはもはや不可能でした。関係者の証言によると、「海外展開の自由度とクリエイティブの主導権を自分の手に取り戻したい」という赤西の意志は固く、2014年2月28日の契約満了をもって、16年間所属したジャニーズ事務所を円満退社という形で去ることになりました。

山下 哲也
著者

山下 哲也

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。