日本の旧国名と都道府県の違いとは?令制国68国の謎と廃藩置県の真相の真相について、専門知識を基に徹底解説します。
古代の日本列島を理解する上で外せない概念が「五畿七道(ごきしちどう)」です。五畿とは畿内五国(山城・大和・河内・和泉・摂津)という朝廷直轄の重要地域を指し、七道とは畿内から放射状に延びる幹線道路と、その沿線に連なる広域行政ブロック(東海道・東山道・北陸道・山陰道・山陽道・南海道・西海道)を指します。
虎尾達哉氏の『古代日本の官僚 天皇に仕えた怠惰な面々』(中公新書)などの研究資料にも描かれているように、律令国家における国境の画定は、中央の命令を迅速に届ける官道網(駅伝制)と不可分でした。例えば、宝亀2年(771年)には、軍事・交通の連絡網を合理化するため、武蔵国が東山道から東海道へ所属変更されたという著名な史実があります。これは当時の官道ルートが再編されたことによるものであり、令制国が単なる境界線ではなく、生きたネットワークであった証拠です。
以下の旧国名対応表詳細まとめは、五畿七道における主要な令制国と、現在の都道府県、そして現代に息づく実例を整理したものです。
五畿七道主な令制国(旧国名)現在の都道府県領域現代に残る名称・文化の痕跡畿内(五畿)山城、大和、河内、和泉、摂津京都府南部、奈良県、大阪府、兵庫県南東部山城盆地、大和川、河内音頭、和泉ナンバー、摂津市東海道尾張、三河、遠江、駿河、伊豆、相模、武蔵、下総、上総、安房、常陸愛知県、静岡県、神奈川県、東京都、埼玉県、千葉県、茨城県三河みりん、駿河湾、相模原市、武蔵野市、常陸牛東山道近江、美濃、信濃、上野、下野、陸奥、出羽滋賀県、岐阜県南部、長野県、群馬県、栃木県、東北地方各県近江牛、美濃焼、信濃川、上毛かるた、下野新聞、陸奥湾北陸道若狭、越前、加賀、能登、越中、越後、佐渡福井県、石川県、富山県、新潟県若狭湾、越前ガニ、加賀友禅、能登半島、越中富山、越後湯沢山陰道丹後、丹波、但馬、因幡、伯耆、出雲、石見、隠岐京都府北部、兵庫県北部、鳥取県、島根県丹後ちりめん、但馬牛、因幡の白兎、伯耆大山、出雲大社、石見銀山山陽道播磨、美作、備前、備中、備後、安芸、周防、長門兵庫県南西部、岡山県、広島県、山口県播州赤穂、備前焼、備後絣、安芸の宮島、周防大島、長門市南海道紀伊、淡路、阿波、讃岐、伊予、土佐和歌山県・三重県南部、徳島県、香川県、愛媛県、高知県紀州梅、阿波踊り、讃岐うどん、伊予柑、土佐日記・土佐犬西海道筑前、筑後、豊前、豊後、肥前、肥後、日向、大隅、薩摩、壱岐、対馬福岡県、大分県、佐賀県、長崎県、熊本県、宮崎県、鹿児島県筑前煮、豊後水道、肥前鹿島、肥後もっこす、日向夏、薩摩芋
古代の律令制国名一覧において、全国は基本的に「66国2島(壱岐・対馬)」として整備されました。その後、陸奥国や出羽国の再編などを経て、中世・近世を通じて基本体制として定着したのが「令制国68国」です。