加害者の実名論争以上に、世論の激しい反発とメディア側の自己検証が続いているのが、被害者の実名報道の是非をめぐる問題です。かつては警察発表資料の通りに被害者の氏名、年齢、住所、職業をそのまま記事化することが一般的でした。しかし、事件に巻き込まれた被害者やその遺族がメディアの執拗な過熱取材(メディアスクラム)に晒され、日常生活を完全に破壊される事態が幾案も報告されたことで、国民感情は大きく変化しました。
転換点となったのは、36名もの尊い命が理不尽に奪われた京都アニメーション放火殺人事件です。多くの遺族が「静かに見送りたい」「名前を出さないでほしい」と警察やメディア各社に実名公表拒否を懇願しました。京都府警は最終的に全員の身元を公表したものの、報道機関の間では「遺族の意向を無視してまで実名報道を強行すべきなのか」という痛烈な自己批判が巻き起こりました。
警察庁は2024年以降、事件・事故の被害者実名発表に関する運用内規を柔軟化し、遺族の意向を事前に聴取した上で匿名発表を認める裁量の幅を広げました。メディア側も「原則実名」を掲げつつも、遺族の明確な拒絶の意思がある場合や、性被害などのデリケートな事件では匿名報道を選択する事例が定着しつつあります。それでもなお、メディア側には「実名が報じられなければ、被害者が単なる数字(『20代女性1名死亡』など)として処理され、事件の持つ重みや奪われた人生の尊さが社会に伝わらない」という強固な使命感が存在しており、実名報道とプライバシー侵害の調和点は未だ見出せていません。