ムハンマド・イブン・アブドゥッラーフは、西暦570年頃、アラビア半島の商業都市メッカで、名門クライシュ族のハーシム家に生まれました。しかし、その出自は決して平坦なものではありません。生まれる前に父を失い、6歳で母、8歳で祖父を相次いで亡くした彼は、孤児として叔父アブー・ターリブに引き取られ、過酷な少年期を過ごします。
青年期に入ると叔父の商隊交易に従事し、その抜群の誠実さと商才から「アル・アミーン(信頼される者)」という尊称で呼ばれるようになりました。この誠実さに目を留めたのが、メッカの富裕な大商人であった年上の未亡人ハディージャです。彼女は商取引の代理人としてムハンマドを雇い、その高潔な人格に深く惹かれ、やがて2人は結婚しました。当時25歳前後のムハンマドと40歳前後とされるハディージャの絆は極めて強く、彼女が世を去るまでムハンマドは他の妻を娶りませんでした。
経済的安定を得たムハンマドでしたが、商業の発展に伴って貧富の格差が広がり、弱者が顧みられないメッカ社会の倫理的荒廃に深い苦悩を抱くようになります。彼は度々メッカ郊外のヒラー山の洞窟に籠もり、瞑想にふける日々を送るようになりました。
そして西暦610年、ムハンマドが40歳を迎えたラマダーン月の夜、運命の瞬間が訪れます。洞窟で瞑想していた彼の前に大天使ジブリール(ガブリエル)が現れ、「読め(イクラ)」と強く迫ったのです。文字が読めないと恐怖に震えるムハンマドに、神の言葉が直接降ろされました。これがコーラン(クルアーン)の最初の啓示であり、彼が「神の言葉を預かる者=預言者」となった瞬間でした。