無法松のお笑いキャリアは、オフィス北野の歴史と密接に連動しています。
1994年4月、同期のお宮の松とともに結成したお笑いコンビ「北京ゲンジ」で本格的な活動をスタート。当時のオフィス北野若手陣の中で、体を張った過酷なロケや軍団特有の泥臭いリアクション芸で頭角を現し、数々のバラエティ特番で存在感を示しました。しかし、11年間にわたる活動の末、互いの芸人としての方向性を模索する中で2005年に惜しまれつつコンビを解散します。
解散後、間を置かずして元「ガラクタ貿易」の桐畑トールと新コンビ「ほたるゲンジ」を結成。北京ゲンジ時代の勢いに加え、桐畑の緻密なツッコミと無法松のパワフルなキャラクターが融合した漫才・コントは、演芸場やお笑いライブシーンで高い評価を獲得しました。当時の単独ライブや演芸番組で見せたネタの完成度は、たけし軍団=リアクション芸という世間のステレオタイプを覆す実力派としての評価を確固たるものにしました。
2018年に起きたオフィス北野のマネジメント体制変更や分裂騒動の際にも、無法松は動揺することなく師匠・ビートたけしへの敬意を貫き通しました。派閥や利害関係に流されず、純粋に「たけしの弟子」としての矜持を保ち続けたことが、後のブランド代表就任へと繋がる決定打となったのです。