孫たちの中でも、祖父・吉田茂の薫陶を最も色濃く受けたのが麻生太郎氏です。若き日の麻生氏は、神奈川県大磯町にあった吉田茂の私邸(通称・大磯御殿)に頻繁に出入りし、晩年の祖父と濃密な時間を過ごしました。
麻生和子氏の著書『父 吉田茂』や、太郎氏自身が回想録やメディアの特番インタビューで語った証言によると、大磯での吉田茂は「政治家としての厳しい顔」と「孫に見せる優しい祖父の顔」を併せ持っていたとされています。
あるとき、若き麻生太郎氏が新聞の政治欄について意見を述べた際、吉田茂は葉巻をくゆらせながらこう諭したと伝えられています。
「新聞の解説記事などを鵜呑みにするな。事実だけを見ろ。政治家にとって最も大切なのは、大衆に迎合することではなく、10年後、20年後の日本の国益を見据えて決断することだ」
麻生太郎氏独特の歯に衣着せぬ語り口や、国際外交における堂々たる立ち居振る舞い、そして愛用するボルサリーノの帽子やスーツの着こなしに至るまで、祖父・吉田茂の美学が色濃く受け継がれていることは論を俟ちません。