この地に甘いものの文化が根付いたきっかけは、明治初期に遡る。職人の鈴木安太郎がこの場所で江戸っ子好みの駄菓子を製造し始めたことが、現在の横丁の起源とされている。大正から昭和初期にかけては20軒以上もの店舗がしのぎを削り、東京をはじめとする関東一円へと商品を供給する和菓子製造業の大拠点へと発展した。
当時の製造工程や職人のこだわりは今も受け継がれており、素朴ながらも味わい深い駄菓子の数々は、子どもにとっては新しく、大人にとっては懐かしい。時代の変化とともに大量生産の菓子が世に溢れるなかでも、手作りの温もりを大切にする和菓子製造業の心意気が、横丁の石畳にしっかりと刻まれている。