向田邦子『字のない葉書』父が号泣した理由とあらすじの真相を徹底解剖

向田邦子『字のない葉書』父が号泣した理由とあらすじの真相を徹底解剖

向田邦子『字のない葉書』父が号泣した理由とあらすじの真相を徹底解剖に関する深掘り解説を分かりやすく解説いたします。

本作の舞台は、太平洋戦争末期の昭和20年(1945年)春から夏にかけての東京です。米軍による本土空襲が激化し、帝都の生活環境が日に日に逼迫するなか、向田家ではまだ就学前の幼い末の妹(向田和子氏)を甲府へ単身で疎開させる苦渋の決断を下します。幼い子どもを親元から引き離さざるを得ない戦時下の異常事態が、物語の起点となっています。

当時、妹はまだ自分の名前さえ書けない年齢でした。そこで父親は、あらかじめ自分の名前と住所を毛筆の威厳ある達筆で書いた名刺判の葉書を大量に持たせます。「元気な日は丸を書いて毎日一枚ずつポストに入れなさい」「病気になったり嫌になったりしたら×を書きなさい」と言い渡し、幼い妹を送り出しました。これがタイトルの由来となる「字のない葉書」です。

出発した翌週から、東京の家に葉書が届き始めます。最初は紙面からはみ出すほどの大きな赤インクの「〇」でした。家族はその大きな〇を見て胸をなで下ろします。しかし、日を追うごとに〇は小さくなり、黒鉛筆の不揃いな線になり、やがて三角や斜線が混じり始めます。そしてある日、ついに待ち望まない大きな「×」印が書き殴られた葉書が届いたのです。

電報を受けて母親が甲府へ駆けつけると、妹は百日咳(ひゃくにちぜき)を患い、シラミにたかられ、骨と皮ばかりに痩せ細っていました。母に連れ添われて東京の自宅へ戻ってきた日、土間に立つボロ布のような妹の姿を見た父親は、普段の威厳をすべて脱ぎ捨て、裸足のまま土間へ飛び降りて妹を抱きかかえ、大声で号泣します。

結末では、終戦から長い年月が経ち、立派な大人へと成長した妹と、すでにこの世を去った父親の不在が静かに語られます。今も引き出しの奥に残された色褪せた葉書の束を見返すたびに、向田邦子の脳裏にはあの日の父親の激しい慟哭と、戦争に翻弄された家族の情景が鮮烈によみがえります。

田中 結衣
著者

田中 結衣

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。