飲水病の恐怖は単なる喉の渇きにとどまらなかった。道長を真に追い詰めたのは、進行した糖尿病に伴う末期的な合併症である。日記の記述が次第に乱れ、文字の大きさが不揃いになっていく時期と一致するように、彼は視力の急激な低下を訴え始める。至近距離にいる人物の顔すら判別できなくなり、儀式の執り行いにも支障をきたした。糖尿病網膜症による失明の危機が迫っていたのだ。
さらに晩年の道長を苦しめたのが、背中に発生した「背癰(はいよう)」と呼ばれる巨大な化膿性腫瘍だった。高血糖が続くと人間の免疫機能は著しく低下する。通常なら害のない皮膚の常在菌が重篤な感染症を引き起こし、背中に広範な組織壊死と膿をもたらしたのだ。激痛と高熱、そして悪臭。極楽浄土を祈願して法成寺を建立した権力者の肉体は、文字通り内側からも外側からも崩壊していった。