ネット上のQ&Aサイトやまとめ記事では、「この句は信長、秀吉、家康が集まった茶会で詠み合われた」というもっともらしいエピソードが語られることがありますが、これは完全なフィクションです。三人が一堂に会して鳥の鳴き声をテーマに句会を開いたという史実は存在しません。
さらに興味深い盲点は、この「鳴かぬなら」のフレームワークが、江戸時代以降、他の武将や近代の偉人たちによって無数に派生・改変されてきたという事実です。鳴かぬならの句歴代武将比較として知られる著名なバリエーションには、以下のようなものがあります。
奥州の覇者・伊達政宗に仮託された句では、「鳴かぬなら鳴かぬもよかろホトトギス」と詠まれます。天下の趨勢が決まった後に遅れて台頭した政宗の、独自の美学と諦念、あるいは「自分は自分の道をゆく」という孤高のスタンスが表現されています。
本能寺の変を起こした明智光秀に対しては、「鳴かぬなら放してしまえホトトギス」という句が充てられることがあります。過度なプレッシャーを与えず、自然の摂理に任せて解放してやるという、教養人・光秀の優しさと、ある種の諦めや優柔不断さが滲み出ています。
さらに近代に入ると、パナソニック創業者である松下幸之助氏が、三英傑の句を踏まえて自らの経営哲学を「鳴かぬならそれもまたよしホトトギス」あるいは「鳴かぬなら鳴く鳥を飼おうホトトギス」と表現したという逸話も有名です。鳥に無理強いをするのではなく、鳴かないという事実をありのまま受け入れ、適材適所で配置を変えるという合理主義は、戦国武将たちの時代から一歩進んだ近代マネジメントの極致と言えるでしょう。