福岡県田川郡添田町に位置する高住神社の起源は、社伝によると継体天皇26年(西暦531年前後)に遡ります。出羽三山、熊野大峰山と並び「日本三大修験山」の一つとして数えられた英彦山において、高住神社は山伏たちが命がけの荒行に身を投じた重要な拠点でした。主祭神として豊日別命(とよひわけのみこと)をはじめ、天照大神や少名毘古那命など五柱の神々を祀り、古くから人々の平穏と国土の守護を祈り続けています。
この地を語る上で欠かせない存在が、英彦山の守護神として名高い「豊前坊天狗(ぶぜんぼうてんぐ)」です。修験道の伝承において、豊前坊は日本八大天狗の一角に数えられ、九州地方に君臨する天狗たちの頭領と位置づけられてきました。民話や古記録によると、豊前坊天狗は人々の心を見透かす神通力を持ち、「欲深く驕り高ぶる悪人を容赦なく懲らしめ、真面目に励む善人を身命を賭して救済する」と伝えられています。
山伏たちが厳しい修行の末に神格化した姿とも重なるこの天狗信仰は、単なる民俗伝承にとどまりません。古来より農民からは牛馬の守護神・五穀豊穣の神として、武家からは必勝祈願の神として篤く信奉され、明治の神仏分離令を経た現在もなお、神道と山岳修験の精神を色濃く残す貴重な信仰の形を維持しています。