ダライ・ラマ14世の歩みは、激動の現代史そのものです。幼少期からの足跡を時系列で整理すると、その壮絶な背景が浮き彫りになります。
・1935年:チベット北東部タクツェル村の農家に生まれる(幼名:ラモ・ドンドゥプ)。
・1940年:2歳でダライ・ラマ13世の転生霊童として認定され、首都ラサのポタラ宮で即位。
・1950年:中国人民解放軍がチベットに進攻。弱冠15歳で政治の実権を掌握せざるを得なくなる。
・1959年:チベット動乱が勃発。中国軍の弾圧から逃れるため、側近とともにヒマラヤ山脈を越えてインドへ亡命。ダラムサラにチベット亡命政府を樹立。
・1989年:徹底した非暴力主義によるチベット解放運動と世界平和への貢献が評価され、ノーベル平和賞を受賞。
・2011年:数百年間続いた政教一致の伝統に終止符を打ち、すべての政治的権限を民主的に選ばれた亡命政府の首相へ移譲。純粋な精神的指導者となる。
法王は完全なチベット独立ではなく、中国の枠組みの中で信教の自由や高度な自治を求める「中道のアプローチ」を提唱し続け、国際社会からの揺るぎない支持を獲得してきました。